令和7年度 学位記授与式(卒業式)総長祝辞

Date:2026.03.30

20260324nagai永井 政之 総長

令和七年度三月の学位記授与式に当たり、学校法人駒澤大学の教職員を代表し、卒業生の皆さん、そして関係される保護者の皆さまに、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

新型コロナウイルスに翻弄された四年余は、令和五年五月以降、第五類感染症へと位置づけが変わり、今となってはすでに過去の出来事のような感すらあります。

しかしそれはあくまでもコロナ禍に限った見方で、別の長いトンネルは相い変わらず続いていると言っても過言ではありません。大国主義・一国主義によって惹起された世界各地での戦争に象徴される政治・経済・社会の動向、さらに人類永遠の課題とも言えるSDGsの運動などなど、解決すべき問題は尽きることがありません。

ともあれ、このたび卒業される皆さんに即して見るなら、皆さんは貴重な四年余の学生生活の半分を、その終焉を迎えつつあったにせよ、コロナ禍とその余波の中で送られました。

「研究と教育」の場、「学園生活の場」として、多大な不便を被られた皆様に、大学としてはできる限りの工夫努力をしたつもりではあるにせよ、必ずしも十分であったとは言えません。改めて大学を代表して衷心よりお詫び申し上げるとともに、皆さんがさまざまな工夫と努力の結果、ここに無事に卒業の日を迎えられたこと、重ねてお祝い申し上げます。

いったいコロナウイルスの蔓延にとどまらず、先に述べたような、さまざまな問題とその影響が、今後どのような形で残り続け、私たちの価値観や生活を変えていくのか、コロナ禍やAIの出現によってもたらされた「ニューノーマル」・「新常態」がどのようなものになるのか、まったく予測不可能と言えるように思っています。

そしてここで確認すべきことは、未来がどのような時代になるにしても、それを構築する主体は、決してAIなどではなく、あくまでも「人間にある」ということ。そして、毎日毎日の私たちの営みが、未来の社会を作り上げているということを忘れてはならないということでしょう。

一年次の必修科目「仏教と人間」をはじめとして、さまざまな機会を通して理解されたように、駒澤大学は「仏教・禅の教え」を建学の理念としています。

それは、どのような人生を歩むにしても、ブッダの説かれた「縁起の教え」に基づき、あらゆる存在に対して、慈しみの心を持って生きていく事を、人生の基本に置くべきとの信念によります。

「科学的思考」と「競争」を基本とする現代です。歴史を見れば、それらが人間社会を豊かにしてきたことは否定すべくもありません。同時にそれが、先ほど申したような、さまざまな問題を私達に突きつけていること、言うまでもありません。

このように思ったとき、私は大本山永平寺を開かれた道元禅師が残された「自分自身(自己)と他人自身(他己)」という生き方を思い起こします。
それは自分と自分以外のあらゆる存在を、同価値・平等であると見る姿勢。それはお互いの尊厳を認め合う生き方を意味しますが、そのような仏教的な生き方が再評価されるべきと、私は強く思っています。

また大本山總持寺を開かれた瑩山禅師は「平常心是道」という言葉をもって悟りのきっかけとされたと伝えられます。文字通り、私達の普段の心のありよう、毎日の生活こそが、悟りの世界と言う意味ですが、それこそが禅で言うところの「修行」の考え方でもあります。

皆さんのこれからの長い人生、現在のありよう以上に、予想できないこと、思い通りにならないことが、頻出することは疑いありません。「四苦八苦の世界」が、現実のものとなって私たちに降りかかったってきたとき、どう工夫し対処するか。そんなとき、本学で学ばれた専門分野にかかわる深い造詣と、その基となる「仏教・禅」が説くところの「人間」としての生き方、「随処に主となる」、「どこにいても自らの生き方を見失わない」という生き方を、是非、思い起こして頂きたく思います。    

そのことを切に念じて、皆さんの卒業に当たっての、私のはなむけの言葉とさせて戴きます。

令和8年3月吉日
学校法人駒澤大学
総長 永井 政之