令和8年度 入学式 学長式辞
村松 哲文 学長
新入生の皆さん、保護者の皆様、ならびにご関係の皆様、本日はご入学、誠におめでとうございます。
駒澤大学を代表して、皆様への歓迎の気持ちを申し上げます。
「ようこそ駒澤大学へ。心よりお待ちしておりました。」
本日から皆さんの学び舎となる駒澤大学は、仏教を礎として開学して以来、釈尊の教えに基づいた「智慧」の探求と「慈悲」の実践に努めてまいりました。
私はこの「智慧」と「慈悲」に、仏教の根本である「縁起」を加え、駒澤大学を社会に開かれた大学にしていきたいと考えています。
「縁起」とは、私たちは決して孤立した存在ではなく、あらゆるものとの関わり合いの中で成り立っているということです。
皆さんも、私も、多くの人々との縁によって、ここに集っています。駒澤大学はその「縁」を大切にし、ここでの学びが多くの人々のためになり、社会をより良くしていくことを願っています。
さて、皆さんは今日、大学という新たなステージに立っています。
ここでまず、仏教の「智慧」について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
「智慧」とは何か。
この問いは単純に見えて、実は極めて深い問題です。
知識を得ること、技能を身につけること、それらは確かに「智慧」の一部です。
しかし本学が重視するのは、より根源的な意味での「智慧」です。
それは、「自分」とは何かという、自己そのものを探求することによって得られる、深い洞察力です。
自己の探求について、曹洞宗の開祖である道元禅師は、『正法眼蔵』において次のように述べられています。
「仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは、自己をわするるなり」
すなわち、自己を探求することは、自己を固定的に捉えることではなく、むしろその自己という枠を越えていく営みである、というのです。
この自己の枠を越えていくということについて、私が最近出会ったエピソードを、ご紹介したいと思います。
皆さんは、ブルーノ・ムナーリというイタリアの芸術家をご存知でしょうか。絵画、彫刻、デザインなど幅広い分野で独創的な仕事をした、20世紀のイタリアを代表する芸術家です。
ブルーノ・ムナーリは、晩年、子どものための造形ワークショップに力を注いだことでも知られています。このワークショップを実際にイタリアで体験した方から聞いたお話です。
まず、第一日目は、徹底的に「線」という概念に向き合うそうです。
点と点を繋いでいけば線になります。
直線でなくても、曲線や、ぐるぐる巻いた渦も、線のひとつです。
手に取った文房具の種類によっても、線は異なる様相を呈します。
太い線、細い線、薄い線、濃い線、白黒の線、色とりどりの線──
皆さんの頭の中には、今どんな線が思い描かれているでしょうか。
さて、翌日は宿題として、宿舎からワークショップに歩いていくまでの間に、どれほどの「線」を見つけられるかが課されます。
さあ、皆さんも周囲を見回してみてください。どれだけの線が、皆さんのまわりに巡らされているかお気づきですか。私の眉毛、眼鏡の輪郭もです。皆さんは自分をとりまく「線」の多さに圧倒されてしまうでしょう。
次に、「線」で葉っぱを描いてみましょう、というワークショップになります。
緑色の絵具は用意されておらず、赤・青・黄の三原色と「線」のみで、葉っぱを表現しなければなりません。けれども、子どもの方がこういうことはうまいのです。子どもは青と黄色の絵具を混ぜ、色とりどりの緑を作り出し、すっと一本の線を描きます。それが、すなわち葉っぱです。子どもが描き出した緑の一本の線は、線を探求した結果、葉っぱとして表出した真実の線なのです。
私は、このブルーノ・ムナーリのワークショップは、道元禅師のお言葉と深く共鳴していると思いました。
ワークショップでは、まず「線」という概念を徹底的に探究し、つぎに自分をとりまくあらゆる「線」に出会い、そのすべてを認知し、受容することで、ついに「線」という概念にとらわれない真実の「線」を作り出せるようになります。
これは、道元禅師の「人間は決して固定的な存在ではなく、他者とのかかわりの中ではじめて成立するものであり、それに気づくことで自己という枠を超えることができる」というお示しに通じるものがあると思います。
道元禅師のお言葉と、ブルーノ・ムナーリのワークショップは、時代や地域を超えて、一つの共通点を持っています。
それは、「自己を固定化せず、他者との関係性に気づき、自己という枠を越えていく」ことの意義を示しているということです。
さて、最初の問いに戻りましょう。「智慧」とは何か。
この問いに、AIは簡単に答えを提示してくれます。
けれども、AIは、それを知るために「自分」とは何かという問いを発してくれるでしょうか。
重要なのは、皆さんが自分自身の力で、思索し、探求することです。
大学生活とは、そのような思索や探求をする場なのです。
4年間の学びの中で、皆さんは今の自分を決して固定化することなく、多くの人々と出会い、広く社会を知り、自己の枠を越えていってください。
そして、本当の「智慧」とは何か、真実の「自己」とは何か、という問いを発し続けてください。
その問いを持ちながら学び続けることが、必ずや皆さんの成長を導くことになるでしょう。
駒澤大学は、そんな皆さんの学びを全力で支援していきます。
皆さんは決して一人ではありません。
親御さんはもとより、友人、教員、職員など、多くの人々が皆さんの学びを支えています。
どうか安心して学んでください。
皆さんの大学生活が、すばらしい「縁」にめぐまれ、実り豊かなものになることを、心から願っています。
ご入学、誠におめでとうございます。
令和8年4月8日
駒澤大学 学長 村松 哲文
