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〔増補〕無縁・公界・楽 ―日本中世の自由と平和(網野 善彦著)

眼横鼻直(がんのうびちょく・げんおうびちょく)
Date:2016.02.01

〔増補〕無縁・公界・楽 ―日本中世の自由と平和
網野 善彦 著
1996年6月・平凡社刊
請求記号 210.4/567
※「網野善彦著作集〈第12巻〉無縁・公界・楽」(2007年10月・岩波書店刊)にも収録あり
請求記号 210.08/77-12
Kompass 書誌情報

網野善彦著『無縁・公界・楽 ―日本中世の自由と平和』(平凡社)は初版が1978年6月に出て以来、歴史書としては異例のベストセラーとなり、『増補』版が1987年に刊行されました。そして、1996年には平凡社ライブラリー化されて発刊され、版を重ねています。
本書は阿部謹也氏(西洋史)とともに、日本の社会史研究の代表的人物として知られる網野善彦氏の著作です。氏の歴史学の特色は民俗学と宗教人類学の成果を加えたところです。
本書は「エンガチョ」「エンきーった」の遊びの話題から入り、子供の遊びにも、「縁切り」「無縁」「自由」となるという「無縁」の慣行の名残が見られるとし、江戸期の縁切り寺、鎌倉東慶寺に駆け込んだ女性は、当時の一般法から解き放たれ、離婚を成立させることができたが、それ以前の中世期にはそのような機能を持った寺院、駆込寺は地域社会に散在していたとします。つまり、地域社会にアジール(避難場所)が散在したということです。また、さらに、地域の権力者に、たとえ重罪人が逃げ込んだ場合でも、踏み込んで成敗(逮捕し殺害する)しないという約束をさせる寺院が存在したことも明らかにしています。特定の檀越(スポンサー)をもたない地域の寺には、簡単には踏み込まないという、不入の特権が以前から備わっており、不文律となっていたとします。ここに、無縁の原理が働いていると主張します。
上野国(群馬県)箕輪の城主の長野氏は一族や家臣などとともに建てた下室田の長年寺に戦乱の世でありながら、たとえ殺人などを犯した大罪人でも、寺に逃げ込んだ場合には成敗(逮捕し処刑する)しないという約束をしているが、これはまさしく、同寺が長野氏の氏寺となる以前から無縁所寺院の系譜を引いていたからであるとしています。
これに対しまして、峰岸純夫氏は異論を唱えます(『人民の歴史学』60)。のちに武田の軍勢が箕輪に迫ってきた時に、ときの住持は敵の陣地まで赴き、寺院への不入を約束する書状をもらい、その文書を掲げながら、衣を引き裂かれながらも、軍勢の乱暴狼藉を何とか防いだのである、と言う住持の記録をもとに、無縁の原理、不入の特権などといっても、当てにならず、結局は住持の決死の努力が寺を守ったのであると、網野氏の論を否定します。これに対して、網野氏は、この住持のエネルギーこそ、無縁所の系譜を引く寺院だからとしています。この寺については、私の研究がありますが、別の機会にご紹介したいと思います。 
さらに、農耕の定住民以外に遍歴する芸能民、職人、山の民、川の民、海の民の存在を明らかにし、それらの民は山林や寺院、市場、墓所、河原などの無縁の場に生きたとします。彼らは「公界者」とも称されたことを指摘します。そして楽市にまで考察が及びます。
本書には前掲の長年寺のほかに禅昌寺(山口県鯖山)・雲興寺(愛知県白坂)・福昌寺(鹿児島市、現在は薩摩川内市)などの多くの曹洞宗寺院が駆込寺や無縁所として登場し、また「公界」の文字が道元禅師や中世禅林と深い関係にあったことなどが記述されています。これからの私たちにはこれら個別の深い考察が求められるでしょう。卒論などのテーマにされてはいかがでしょうか。
なお、『増補』版には、それまでに寄せられた批判論文などに答える形で、詳しい補注や補論が加えられていて便利です。
最後に宮崎駿監督が「もののけ姫」の制作の折に、狩猟やタタラ場(製鉄所)で働く人々など農業以外を生業とする人々を描くのに本書が大いに役立ったということをお伝えいたします。

学長 廣瀬 良弘

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