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昨日の世界(シュテファン・ツヴァイク著 ; 原田義人訳)

眼横鼻直(がんのうびちょく・げんおうびちょく)
Date:2018.10.01

書名 昨日の世界
著者 シュテファン・ツヴァイク著、
訳者 原田 義人
出版者 みすず書房
出版年 1973年
請求記号 948/9-19・20
Kompass 書誌情報

私は数年前にドイツ人の友人からこの本を勧められました。第一次世界大戦勃発のきっかけとなった出来事から始まり、イギリスが第二次世界大戦参画を決意するに至るまでの間における戦争の影響と結末について、ウィーンに住む若いユダヤ人の作家の目を通して語っている回想記で、ベル・エポック末期におけるウィーンの社交界と文化的生活について描写したものです。1914年の長く暑い夏の間、休暇を楽しむ欧州の人々は、呑気に暮らしていました。当時は、ほぼ半世紀にかけて平和が続いており、戦争の経験や思い出がある人など、ほとんどいませんでした。

戦争が勃発する前の安泰なウィーンの生活は、多くの面において、現在多くの人々が経験している生活と類似するところがあります。戦争や動乱などは程遠く、新聞記事やテレビのニュースに出てくるものに限られているように思えるのです。遠い国で起きた単独テロが、ほんの数週間で世界をアポカリプスに導くなどというようなことは、想像し難いのです。何しろ現代においては抑制と均衡といったものがあります。盲目的な愛国心のために道を踏みはずしてしまうようなことなど、そう簡単には起こりませんし、私たちは自分たちのことを、より博識で洗練された人間であると思っています。それに加えて、私たちが生活しているのはこれまでになく一体化した国際社会であり、各国は相互依存的関係にあります。戦争が起こるなどということはあり得ないように思えます。

この本から学べることや考えさせられることがいくつかあります。まず、ツヴァイグは、この平和は幻想であり、驚くほど短期間のうちにうち崩されてしまう可能性があることを警告しています。文化的で正常に見える生活の裏には、暗く恐ろしい力が見え隠れしており、その力が呼び起こされて、とてつもない事を引き起こすことがあるのです。外見はあまり大したことがなさそうな予見不可能だった小さな出来事が、1914年のあの頃のように、突如手がつけられない、とんでもないような重大事件に発展することがあるのです。
Things fall apart; the centre cannot hold; Mere anarchy is loosed upon the world (W.B.イェイツ, 1919).

次に、ツヴァイグは、私たちがなくなることがないと思っている社会組織、長い年月をかけて築かれた国家、そして人類や文化が、束の間に滅ぼされてしまうことがあり得ることを知らせてくれます。何世紀もかけて存続した皇室や王国は、戦争により運命の時を迎えることとなり、何百万人という人々が炎の中に消えてしまいました。私たちが確固たる基盤を持っていると思っているものでも、その土台ごと崩れていき、想像できないほど恐ろしいものに変わってしまうことがあり得るのです。

第3に、ツヴァイグは、ある時代に存在した2極性についても教えてくれます。ツヴァイグが生きた時代というのは、今私たちが生きている時代と同じように、科学や技術面において急速な成長を遂げ、すばらしい発明や発見が相次いだ時代でした。欧州は全盛期にあり、世界は優雅な雰囲気に包まれ、当時の人々は、さらにより良い将来を期待していました。ところが、この「安泰な黄金の時代」は、ファシズム、国家社会主義、共産主義というものも生み出したのです。これらのイデオロギーは非常に暗黒かつ悲惨な結果をもたらし、その影響は何年もの間響き渡りました。

そして第4に、ツヴァイグのこの回想記は、私たち自身が戦争に徴兵されずに済むこと、そして戦争の結末にさらされたりすることがない時代を生きることが、いかに幸せなことであるかを悟らせてくれます。ツヴァイグやその時代の人々のように、革命や飢餓、貨幣価値の暴落、倒産や貧困、疫病や亡命、そして家族や愛する人たちが人種撲滅を目的として殺害されるような世の中を生きる必要がなかったのですから。

この本の主題は明るく朗らかなものではなく、100年以上も前に起こった出来事を語り継ぐものです。しかし過去に起こった事は現在何が起こるかを暗示するものです。また、私たちは歴史の産物です。ツヴァイグが回想する出来事とその当時の状況を全く知らずして、教養ある学生とは言えないのではないでしょうか。なぜならば、これらは歴史を変えることとなった出来事であり、今日の世界を形作っているものだからです。

GMS学部 教授 マイケル J. リンスキー

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