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まぼろしの邪馬台国(宮崎 康平著)

眼横鼻直(がんのうびちょく・げんおうびちょく)
Date:2018.05.01

書名 まぼろしの邪馬台国
著者 宮崎 康平 
著出版者 講談社
出版年 1967年
請求番号 210.3/1183
Kompass 書誌情報

日本史には多くの未解決の問題が山積している。その一つに邪馬台国の所在地を九州とする説と畿内(大和)とする説の対立論争がある。その論争の争点は『魏志倭人伝』の邪馬台国に関する記事をどのように解釈するかという点にある。ここに掲示した宮崎康平の『まぼろしの邪馬台国』は、その所在地を長崎県島原市とする説を提唱したもので、発売当初ベストセラーとなり、古代史ブームを巻き起こした。その著者の生涯は波乱万丈の一生であった。

宮崎康平は1917年に長崎県島原市で生まれた。初期の宮崎は演劇青年であった。1937年早稲田大学文学部に進学し、卒業後に東宝映画へ脚本家として入社する。しかし父が死去したため退社して実家に戻り、同年11月には島原鉄道の常務取締役にも就任し、以後、実業家に転身した。1949年昼夜を徹した突貫工事が行われたときの過労によって、眼底網膜炎で失明する。同時に妻が家出し離婚し、和子と再婚する。以後、邪馬台国の研究に没頭し、九州全域から朝鮮半島にまでいたる調査を試み、その調査結果をまとめたのが『まぼろしの邪馬台国』である。1980年、同書の改訂版を刊行した後、急逝した。その詳細は、小池亮一の著した『夢を喰う男 宮崎康平伝』(1982年講談社)を参照してください。また2008年には映画『まぼろしの邪馬台国』(宮崎康平役は竹中直人)が公開された。

宮崎の生涯で注目される第一の点は、全くの独学であり、特定の学閥に属することなく自由な立場にあったことである。第二には、その研究方法である。妻和子の献身的な協力を得て『魏志倭人伝』の記事をテープレコダーに録音し、それを500回以上にも耳で聞いて理解し、邪馬台国のイメージを獲得した点である。通常、我々は視覚を通して文字史料を読解している。その際には、先行研究などの既成概念や先入観が優先し、自由な解釈を制限されている。しかし、宮崎は失明というデメリットを逆転の発想でメリットに転換し、独自の学説を獲得した点は賞讃に値すると思う。一読をお勧めしたい。

文学部 准教授 松本 信道

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