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日本神判史:盟神探湯・湯起請・鉄火起請(清水 克行著)

眼横鼻直(がんのうびちょく・げんおうびちょく)
Date:2020.06.01

書名 「日本神判史:盟神探湯・湯起請・鉄火起請」
著者 清水 克行
出版者 中央公論社
出版年 2010年5月
請求番号 080/11-2058
Kompass書誌情報

「天地神明に誓って嘘偽りを述べてはおりません」
不正を疑われた政治家が宣う常套句ではありますが、こんなこと言われて真に受ける有権者も決して多くはないですよね。

現代社会に生きる私たちには、天地神明が偽りを述べる人に神罰を下すなどありえない話に聞こえるかもしれませんが、中世(鎌倉時代・室町時代)に生きる人たちは、裁判における証言の信憑性を神仏に問う(神判)ということを行っていたのです。しかし普通に生きていて、神罰(に見えるようなアクシデント、例えばカラスに糞尿を浴びせられるなど)を被る機会って滅多にないですよね。そこで迅速に判決を下す必要がある場合に、裁判当事者の手を熱湯に浸し、火傷の具合で神罰の有無を判定するようになった、というわけです。この裁判のやり方は「湯起請」と呼ばれています。

中世の人々は、私たち現代人とは違って湯起請による神判を盲目的に信じていたのでしょうか?資料を読み解いていくと、湯起請という制度を利用して有利な判決を導き出そうとする、人々のしたたかな戦略が記されています。たとえば、山城国伏見荘の内本兵庫という人物は、伏見荘内で起こった盗難事件の最重要容疑者であったにも関わらず、自ら湯起請を提案し、そして無罪を勝ち取ります。土地を巡る紛争などでも、片方の(どちらかというと不利な立場にある)当事者が率先して湯起請を望むことで、相手からの譲歩を引き出すという事例が記録として残っています。この時代に「ゲーム理論」や「ナッシュ均衡」と言ったカタカナ言葉は存在するはずもないのに、人々はあたかもゲーム理論の教科書に出てくる登場人物のような振る舞いを行っていたのです。

日本中世社会史に関する書籍ではありますが、経済学や経営学や法学(特にゲーム理論や法と経済学といった分野)などに関心がある人も、興味深く読み進めていける一冊ではないかと思います。

経営学部 准教授 山邑 紘史

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